6月の感想文
| 〜 病気のこと 〜 | |||
「聞く」なんて片方だけなら聞こえなくても「明日にゃ治っているさ」で放置する人が多いんじゃないかな?実は私がそのパターンだったのだ。事の顛末は下記のとおりだ。
2日目、症状は変化なし。でもまあ・・明日には・・。職場でこのことをなんとなく話すと早めに耳鼻科に行ったほうがいいよ、とアドバイスを受ける。会社帰りに空いている耳鼻科を受診。突発性難聴の疑いありとの診断を受け、ステロイド剤など内服による治療が始まる。 突発性難聴のことをネットで調べた。原因不明か。あまり予後の良くなさそうな病だなあ・・と思いながらも、治療の開始が早ければ早いほど治癒率が高いことを自分に言い聞かせ「処方薬を飲んでいればそのうちすぐに治るだろ」とこの頃には楽観視していた。 3〜5日目、右耳の聴力はかなり低下しているように感じた。体感的にはほぼゼロになってしまっている。左耳だけで環境音を聞くのは、遠くで鳴っているテレビの音を聞いている感じ。う〜ん・・。職場で耳の調子は・・という話題になり、話しながら「ヤバさ」を自覚していく。 6日目、会社を休み再度耳鼻科を受診。聴覚検査の結果は思ったとおり悪くなっていた。ステロイド剤による効果が出ていないので、別の病院への紹介を受ける。「このまま今日紹介先の病院を受診しに行ってください」との言葉に少しビビる。反面、最悪聞こえなくなってしまっても片耳聞こえてりゃいいか、と楽観視している自分もいる。で、紹介先病院の受診、早急に治療を開始したほうがいいのですぐにでも入院を、と勧められる。 7日目、ついに入院。飲み薬より強いステロイド剤の点滴治療が始められた。 8〜10日目、聴力は依然変わらない。よく聞こえる左耳が8dbくらいの音まで聞き取れるのだが、右耳は60〜70dbの音しか感じられない。体感では全然聞こえていない。耳が聞こえない、耳鳴りと少々のめまいがある以外は健常者と変わらない・・退屈をもてあまし時折病院の外ベンチに出かけるのだが救急車のサイレンが頭にズンズンと響いてくる。 突発性難聴患者にごくまれに聴神経腫瘍による難聴である場合があるとのこと、腰椎ヘルニア以来のMRIに挿入されるが異常はなかった。耳に冷水を注入されるめまいの検査とやらは結構痛くてつらかった。 11日目、毎日の2種類の点滴、聴力検査にも慣れてきた。やや聴力が戻ってきたとの嬉しい知らせ。体感的にはあまり変わらない。 12〜14日目、なんとなくだが・・右耳に音が入ってくるな。耳鳴りもシャーシャーからキーキーに変わってきた。聴力は30dbくらい。このころステロイド剤による点滴は終了となり、かわって血管拡張剤の点滴が始められた。これがつらい。点滴なのだが、開始直後から血管を焼かれるような痛みに襲われるのだ。針を刺している血管がみるみる赤くはれ上がり、痛みはどんどん先のほうへ伸びていく。最初は我慢しているが腕がしびれ、痙攣しだす。こらえきれずに看護師を呼び、針を差し替えてもらう。500ccすべて入れ終わる頃には頭痛が始まっている。ベッドの上でのびてしまっている。結局2日間投薬を受けたが、あまりのつらさに中止を訴え認められた。後で聞いた話だが、体に合う人と合わない人とがはっきりしているらしい。 15日目、血管拡張剤の余波は収まらず、折角の外出許可にもかかわらず、ベッドで寝て過ごす。 16日目、聴力検査。23dbまで回復。drもここまで回復できるとは思っていなかったようなことを言っていた。翌日まで点滴を続け、それが終わったら経口薬に切り替えましょう、との弁。やった!退院だ!! 17日目、早朝から点滴を受け退院。聴力は体感的には1〜2日目くらいに戻った感じ。依然耳鳴りは止まないけど、ダメだと思っていた聴力に回復の兆しがあったのでよしとしよう。
ヘルニアのときもそうだったが・・ なにか病気をして多くの人たちに支えてもらうと、自分の中のとがった部分が丸く削られていくような気持ちになるのだ。まして今回のように、耳が少々不自由なだけで安静にしていなければならないような状況下、ベッドの上に横たわっているといろいろなことを考える。過去の自分の振る舞いやこれからのあり方。なぜあのとき優しい言葉の一つもかけられなかったのだろう・・人に対して、家族に対して、自分に対して。 失った機能はもう完全には戻らないのかもしれないが、きっと亡くなった親父が反省を込めて考えるよう、与えてくれた機会なのかもしれないな。なんて思ったりして。 |
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